悩める東大生の休学タビ記録

人生に悩んだ東大生が、休学して世界中を旅した経験を綴ったエッセイブログ。

「帰るべき場所」マラッカ|東南アジア旅エッセイ⑮

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自転車を漕いだ。重く熱を持った身体。額にうっすら浮かぶ汗。橋を渡ってモスクのある島へ。爽やかな夕方の風が、身体の芯を撫でた。頭の中でゆずの「夏色」が響く。僕は自転車をもっと漕ぐ。身体が少し軽く、楽になった気がした。

 

 

《前回の記事》

信じているのは、理解を超越した神なのか、それとも科学的な思考に基づいたイデオロギーなのか。きっとそれだけの違いで、僕らは何かを信じているんだ。

spinningtop.hatenablog.com

 

 

1. マラッカ

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ブルーモスクからクアラルンプールの宿に帰った僕は、そこで一人の日本人と出会った。

「この宿なかなか日本人来ないんだけど、君はどのサイトでこの宿を見つけたのかな?」

僕の父親と同じくらいの年齢に見える彼は、どうやら投資関連の外資企業で働いているらしく、今はアジアを担当しているという。家を借りずに、安宿を家がわりにしているようだ。

「若者がもっと世界を見て、日本が遅れているということを、もっと日本に伝えてくれ」

そう彼は言った。

 

彼はバスターミナルまでの行き方を丁寧に教えてくれた。宿を出るとき、外まで出てきて見送ってくれた。

 

クアラルンプールのバスターミナルは、新宿のバスタと同じくらい綺麗で、規模はそれよりも大きかった。僕は18:15発のマラッカ行きのチケットを買った。たった10.4リンギットだった。鼻の奥がイガイガした。

 

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マラッカのバスターミナルに着いたのは夜の20:30だった。そこから町までは少し離れているから、何かしらの交通機関を使わなければいけない。ネットは使えないし、宿の予約もしていなかった。

 

マラッカのバスターミナルは決して小さいわけではないが、時間が時間だったために人もまばらで照明は薄暗かった。身体が気怠かった。どうやら風邪を引いたらしい。キャメロンハイランドで雨の中ヒッチハイクをしていたのがまずかったのかもしれない。

 

熱っぽい頭では次の一手を考える力が弱まっていた。あたりをうろうろしていると、ディン(仮名)という21歳の青年が「次のバスは21:20で僕も一緒に行くから教えてあげるよ!」と言ってくれた。

 

バスターミナルに入っている食堂でナシゴレンを食べてからディンと一緒にローカルのバスに乗り込み、マラッカの街へと向かった。有名なオランダ広場で下車すると、いろんなキャラクターとけばけばしいネオンで装飾がされた観光用の人力車がまず目に入った。ディンと別れた僕は、ジョージタウンにも似た中華風の通りを抜けて、宿を探した。

 

宿の予約はとっていないものの、いくつかの安宿の位置は把握していたから、ナイトマーケットの雑踏を抜けて、そのうちの一つを見つけることができた。宿の主人はスキンヘッドの強面で、貴重品ロッカーもない小さくて貧相な宿だったが、もうそれ以上僕は動けなかった。

 

そのあと僕はずっとお腹を壊し、頻繁にトイレに行った。翌日起きたのはもう昼前の11時だった。

 

 

2. 風邪

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宿の主人は文句を言いながらも、僕のためにトーストを焼いてくれた。僕はそれを食べてから、連泊してくれと懇願する主人に対してきっぱりと断り(体調が悪かったから、もっと綺麗で落ち着ける場所がよかった)、中華系の若い人たちがやっているらしいおしゃれなカフェの二階にある宿に移った。

 

少し休憩してから、フランシスコ・ザビエルの遺体が一時的に安置されていた協会や、その風情ある街並み(正直ジョージタウンと似ていたために新鮮な感情は湧いてこなかった)を見て回った。

 

宿に戻って少し昼寝をしたあとで、宿の自転車を借りてバスターミナルまで行き、シンガポール行きのバスの時刻を調べてから町に帰ってきた。町に帰る途中でイオンがあった。イオンの壁には思いっきりユニクロの広告があった。もはや日本の地方都市が東南アジアに町ごと出張してきたみたいな気分がした。時刻は15:00過ぎだった。

 

僕はそこからさらに海沿いのフローティング・モスクへ向かった。フローティング・モスクというのは、海に浮いて見えるモスクの通称だ。

 

自転車を漕いだ。重く熱を持った身体。額にうっすら浮かぶ汗。橋を渡ってモスクのある島へ。爽やかな夕方の風が、身体の芯を撫でた。頭の中でゆずの「夏色」が響く。僕は自転車をもっと漕ぐ。身体が少し軽く、楽になった気がした。

 

 

3. 帰るべき場所

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モスクを背景に日が沈んでいく。海の遠くの方ではいくつかの大型貨物船の影が行き交っている。マラッカ海峡は世界的にも重要な航路だ。薄い月が目立ち始め、空の赤みに夜の藍色が滲んでいく。

 

もうシンガポールに到達する。それはこの旅の終了を意味している。僕は三脚に固定した一眼レフのシャッターを切った。

 

日本を飛び出して海外へ行っても、僕が本当の意味で帰属している場所はどこにも見当たらない。いやそれはそもそも国や地域といったものではないのかもしれない。そもそも幼少期に何度か引越しを経験した僕にとっては、地元という概念すらも希薄だ。

それに、僕の帰るべき場所は生まれ故郷の日本であるとか、そういった単純なことでもない気がする。

 

マラッカ海峡に沈んでいく太陽に対して、僕は背を向け、少しだけ北の方角に身体をずらす。

「日本ってこっちの方かな」

と小さく呟きながら、思い出せる限りの人の顔を頭に思い描いた。 

 

 

《あとがき》

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多分次回で最終回!

 

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