悩める東大生の休学タビ記録

人生に悩んだ東大生が、休学して世界中を旅した経験を綴ったエッセイブログ。

「Enjoy your life」シンガポール|東南アジア旅エッセイ⑯最終回

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「それで、お前は将来どんなことがしたいんだ」とジェームズが問う。

 

 

《前回の記事》

spinningtop.hatenablog.com

 

 

1. クロアチアに遡る

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闇夜に輝く摩天楼の足元を車で駆け抜ける。助手席に座った僕はラジオから流れてくるバラードを聴きながら、将来またシンガポールにきた時は女の子を連れて今度は僕が運転をしようと密かに誓った。

それにしても車に積んだETCみたいな機械で、町中の駐車場の清算が全部済むし、時間によってはロードプライシング(通行料を課すことで交通量をコントロールするシステムのこと)もされるというのだから、さすがシンガポールだ。資源のない中でちゃんと知性を武器に世界と渡り合う姿勢を、日本は見習うべきだと僕は思った。

 

 

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シンガポール。この国を今回の旅の終着点として設定したのには理由が二つある。

まず一つ目。単純にマレー半島の先端にあるために陸路ではこれ以上先に行けないから。

そして肝心の二つ目。シンガポール人の友人に会うためだ。ただ、僕と彼との年齢差を鑑みれば、日本語で「友人」と言うのは少し違和感がある気もする。正確な年齢は知らないが少なくとも僕の両親と同じかそれ以上の歳であるはずだ。まあ、それでもともかく彼は友人なのである。

 

彼の名前はジェームズ(仮)。僕とジェームズとの出会いはたった3ヶ月前に遡る。場所はクロアチアのリゾート地スプリットだ。スプリットは古代ローマの宮殿と現代のザ・リゾート感が絶妙にブレンドされた小さな町である。

 

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"Are you japanese?"

 

人々がたくさん行き交う石畳の細い路地でジェームズは僕に声をかけた。襟付きの半袖シャツに短パン。恰幅の良い体型にサングラス。中華系マフィアのドンのような鋭い眼光。これだけ言うと相当悪そうに聞こえるかもしれないが、その判断はこの記事を読み終わってからにしてもらいたい。

 

その時ジェームズは他に日本人男性と一緒に旅をしていて、日本人のあまりいないスプリットで日本人に遭遇したという偶然で盛り上がり、僕は彼ら二人の旅にしばし同行させてもらうことになった。クロアチアからモンテネグロまでをレンタカーで走って国境を越えるのは最高だった。まあもちろんその時も僕が運転してたわけではないんけど。

 

 

2. エリート教育

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さて、僕はジェームズの家に10日間ほど泊めてもらうことになった。

ジェームズがどのような人か。本当の意味でどのような人か、というのはこの記事全体で語るとして、まず表面的な特徴を述べることにしようと思う。一言でいうなら「超エリート」だ。NUS(シンガポール国立大学の略。2019年世界大学ランキング23位。東大は42位。)卒業。投資関連の企業を退職した後、自分の所有している不動産や工場、証券のやりくりで生活。本人曰く「今の時代はスマホ一個あればどこでも俺の仕事はできる」だそうだ。そういうわけで僕が彼の家に滞在している間、彼は、通院のために病院に行った(彼はここしばらく体調が悪いらしかった)のを除けば、一度だけ工場の売買に関する話し合いをしに行った以外仕事のために外にでることはなかったし、そもそもほとんど仕事はしていなかった。仕事をしていないので、僕の観光のために車を出してくれたり、夜のドライブに連れて行ってくれた。これが今回の冒頭シーンとして採用されたわけだ。

 

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さて他にも特徴をあげよう。まず旅が大好き。これまでに渡航した国の数は数えきれないようだ。少なくとも僕が行っているような国は全部行っていた。話を聞く限り最低50以上になるだろうと思う。学生時代に姉から借金をして世界中をバックパッカーしていた経験がある。

 

次。お酒が大好き。家にワインセラーがあって、その中には一本数万する世界中のワインが詰められている。毎日二人で一本空ける。そこまでお酒が強くない僕には、なかなかきつかった。というかシンガポールに着いた初日、(前回の記事を読んでくださった人ならわかるかもしれないが)体調が悪かったのに、度の強いワインをガバガバ飲まされたので、その晩思いっきり吐いた。僕は気持ち悪くなる前に眠ってしまう派なので、それまでに飲みすぎて吐いたことはたった一回しかなかったのだが。それを反省して一回飲みすぎる前に寝たところ、翌朝「お前、俺のワインを残しやがったな」と冗談混じりの皮肉を言われた。

そんな彼のポリシーは「一人では酒は飲むな」。にわかには信じがたい。

 

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彼は社会と人生に対する考え事が好きだ。前者については元職業柄当たり前なのかもしれない。社会の流れを予測し先手を打つことが彼の仕事だったのだ。だから彼は毎朝5カ国のニュースを見る。シンガポールアメリカ。中国。イギリス。ロシア。時々日本。

眠気まなこの僕に、ジェームズは各国の報道の偏りについて教えてくれた。具体的にこの国の報道にはこういう背景的な思惑があって…など。

一回彼は「日本のニュースほどつまらないものはない」と言い、僕にNHKの国際版のチャンネルを見せてくれたことがある。その時他国のニュース番組は全てアメリカ大統領について取り上げていたのに、その日本の番組だけはとある日本の大学にある実験施設の紹介をしていた。正直な話確かにつまらなかった。一体他の国の誰が今そんなニッチな実験施設について知りたいんだ、と僕も首をかしげざるを得なかった。

他にも世界情勢について、他国から見た日本について、色々勉強になることを教えてくれたが、個人的な会話というのは、ネットに発表するには刺激が強すぎ誤解を招きまくるだろうと思うので自粛する。

 

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ある日には、ジェームズはリビングのソファでジントニックを飲みながら僕にこう尋ねる。

「一体日本人というのはどういう民族なんだ。その性格的特徴は何に由来しているんだ。」

僕はイザナギイザナミの話から始めた。彼はそのイザナギイザナミの話も当然のように知っていた。僕はたまたま少し前に勉強していたから知っていたものを、なぜジェームズは日本の神話すら知っているのだろうと少しゾッとした。

 

そんなわけで僕はシンガポールにてエリート教育を受けている気分になった。ご飯もほぼ全奢りだった。ミシュランのビブグルマンに登録されている屋台にたくさん連れて行ってくれたし、毎晩高いワインが出てきて、朝はニュースについての解説。暇さえあれば、答えのない哲学的な問いが飛んでくる。

 

 

3. インドネシアの名古屋

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僕らはシンガポールからフェリーで一時間弱のところにあるインドネシアのバタム島という小さな島に二泊出かけることにした。

当然のように全奢りだった。ジェームズはバリにしようと言っていたが、流石に僕の腰が引けてしまったので手近なところにしてもらった。彼にしても僕にしてもそのバタム島に何があるのか全く知らなかったのだが。

 

結論からいうとバタム島には、全く・これっぽっちも・嫌になるほど・何も・無かった

 

バタム島にはナゴヤと呼ばれる地区がある。その名前の響を面白がった僕ら二人がバカだった。本当に何も無かった。Nagoya Hillという小さなショッピングセンターがあるだけだった。そのあまりの何もなさに僕たちはうんざりして、一度タクシーの運転手に「バタム島で行くべきところはどこだ?」と聞くと「Nagoya Hill」と答えた。それはつまり、全く・これっぽっちも・嫌になるほど・何も・無い、ということだ。唯一あったと言えるのは、美味しい鯖くらいだ。

 

僕らは二日間の間そのNagoya Hillのエントランス付近にあるベンチに横並びで座りぼーっとしていた。外は暑いのだ。インドネシアの8月だもの。クーラーが無いときついんだよ。二人の顔からは表情がなくなり、インドネシアのSIMも持っていない僕らは携帯も使えないため、本当に何もせずにただ前を向いて時間を過ごした。

 

"Your face is so fishy" とジェームズ。

"You too. It may be a curse of Saba" と僕。

「お前、魚みたいな顔しやがって」

「あんたもな。多分鯖の呪いだ。

 

そして僕らはお互いの顔を指差して笑った。それ以来その「フィッシー(魚みたいだ)」という英単語は、僕らにとって最高の内輪ネタと化した。

 

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ジェームズはこう言う。「会社のために生きてはいけない。自分が何をしたいのか、それにはお金がいくら必要なのかを考えろ。将来設計はしたたかに行け。条件が揃ったら仕事なんて辞めてしまえばいい。人生は一度きりしかない。Enjoy your Life。それとな、お前は少しせっかちだぞ。」

「いやあんたの方がせっかちだぞ」と僕。

「その通りだ。俺の方がせっかちだ。しかし俺はお前より頭もいい」と完全に僕をおちょくった顔で笑うジェームズ。

ジェームズは続けて言った。「しかし、俺ら二人にはバリよりもバタム島の方がよかったかもしれん。やることが無いというのに慣れる必要がある。それに俺ら一生分くらい笑ったしな。まあ、もう一生バタム島にはこないけど。」

「おい、魚みたいな顔してるぞ」と僕がいい、数秒の沈黙の後、大爆笑が起きる。

 

Enjoy your life。人生を楽しめ。それがジェームズの口癖だ。

彼がよくする、女に騙されて財産を半分失った話のオチも毎回、Enjoy your lifeだった。

僕らの話は大抵Enjoy your lifeかFishyによって締めくくられる。

 

 

4. 一度きりの人生を楽しめ

シンガポールに帰ってきた僕らは、シンガポール中を観光し、そしてたくさん人生の話をする。

 

「それで、お前は将来どんなことがしたいんだ」とジェームズが問う。

そして僕はそれまで考えていたことを初めて言う。

 

「僕は、他人と、ある種の情報・考え事・感情を共有したいんだ。でもそれは既存のメディアとは少し違う。共有したい事柄によって、適切な伝え方というものがあると思う。それは時に報道がいいかもしれないし、評論がいいかもしれないし、映画や小説がいいかもしれない。僕は自分の共有したいことを、自分の共有したい手段で他人と共有する仕事がしたい。情報の溢れる社会だからこそ、その中で自分が本当に大切だと思うものを他人と共有して生きていきたい。それはいささか漠然としているかもしれないけれど、僕のしたいことはそういうことなんだ。あえて近い職業を言えば、出版社とか映画監督とかジャーナリストとかになるのかもしれないけれど、どうだろう。」

「いや、無いなら創ればいいさ。その上でファーストキャリアをどうするか、それを考えろ。俺のオススメは、最終的にやりたいことと正反対のポジションとなる仕事を選ぶことだ。例えば何かものを売りたいときは、売られる側の気持ちがわかっていなくちゃいかん。」

 

僕はそこで気づいた。自分の周りに、こうして将来についての夢を語ることができ、しかもそれについて否定せずに現実的なアドバイスをくれる大人がいなかった、という事実に。

 

「まあ、そうはいってもまだ曖昧だし、僕が将来成功するかなんてわかんないんだけどね」と僕は保険をかけるように付け足す。

「いいんだよ、成功するかどうかなんてことは。お前は一番大切なことがわかっているだろう。人生は一度きりだ。Enjoy your life。」

 

 

旅は終わった。ジェームズと再会を誓い、そして空港で僕らは別れた。

仕事を引退したシンガポール人と、世界を放浪している日本人学生の日々。酒を飲み、夜景を見て、美味しいものを食べ、将来について語り、そして笑いあった十日間。それが僕の東南アジア旅のゴールだった。

 

『一体どうして、こんな暖かい場所からわざわざ離れ、ひとり東南アジアに行かなければいけないのだろう?』

日本を出る時、僕はそう自分に問うた。

僕は今こう思う。いろんな場所いろんな環境で幸せを追い求めている人々と出会うこと。そうして、暖かい場所に依存せず、自ら幸せを切り拓いていく力を養うこと。可愛い子には旅をさせろ。それはきっと、幸せになって欲しい子には、幸せそのものを与えるよりも、幸せを自ら掴む力を養わせろ、という意味なのだろう。

 

 

5. 後日談

実は少し伏線になっていた部分があるのだが、ジェームズはその後病院から癌と診断された。ついこの間の話だ。

 

彼は今現在も世界を飛び回っており、そして何かの機会ごとに僕にLINEを送ってくる。

Enjoy your life、と。

そしてその後には魚のスタンプがくっついている。

実にくだらない奴め、と口で言いながら、僕も魚のスタンプを送り返す。

 

 

《あとがき》

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あー終わったーーーー!!

実は最初は書く内容があんまり無いと思って、書くつもりの全くなかった東南アジア編でしたが、書き始めると意外に書く内容ありました。記事は16個にも及んでしまいました。

「全部読んだよ!」という素晴らしい読者の方は申告していただければ、直筆で超長文のラブレターを送ります。嘘です。

いや、一つでも読んで頂いた方、ありがとうございました。スターをつけてくださった方々は大好きです。

 

ちなみに東南アジア旅から帰ってきた僕は、その後西日本縦断ヒッチハイク旅に出ましたが、関わってくるのが僕の知人ばっかりなために、なかなかエッセイという形にはしづらく、どうしようか悩み中です。それから数日後には休学中最後の旅、中南米編に出る予定です。

それが終わったら、バックパッカーはしばらく休業して、来年の4月からは普通に大学院生やります。多分。

どちらにしても記事の執筆は当分おやすみです。多分。

 

繰り返しになりますが、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました!

 

 

P.S.今回の記事に関係している記事を貼っておきます。

クロアチアのスプリット良いですよ。

spinningtop.hatenablog.com

 

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