悩める東大生の休学タビ記録

就活に悩んだ東大生が、休学して一人旅に出る。そんな旅の記録。

「世界は僕を泣かせた」サンミゲル・デ・アジェンデ|中南米旅エッセイ③

それは、突然のことだった。

身体中に鳥肌が走った。

僕は気がつくと、涙を流していた。

  

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サンミゲル・デ・アジェンデ

 

 

 

〈前回のあらすじ〉

グアナファトの美しさには、人々の生活が生み出すエネルギーがあった。それは決して1人のプランナーが計画しきれるものではないな、と僕は思った。

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1. サンミゲル・デ・アジェンデ

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バスターミナル

 

2時間弱で、サンミゲル・デ・アジェンデのバスターミナルに着いた。

グアナファトのバスターミナルでは、午前中のバスのチケットを買い、乗車待ちの列に並んでいたにも関わらず、実はそれが別のバスの列で、乗るはずだったバスは逃してしまったので午後一番のチケットを買い直した。

列に並んだ前後のメキシコ人に、列が合っているかどうかちゃんと聞いていたのだが。

 

(ところでサンミゲル・デ・アジェンデの名前が覚えられない方は声に出して3回読んでみてください。

サンミゲル・デ・アジェンデ。

サンミゲル・デ・アジェンデ。

サンミゲル・デ・アジェンデ。

覚えました?覚えてなかったら「サンミゲ」でいいです。僕も覚えるのに正直1週間はかかりました。)

 

チケットカウンターに表示されているバスの行き先には、「ヒューストン」の名前があった。今ここでチケットカウンターのお姉さんに話しかけるだけで、アメリカにいけるのだ。そう思うと、今すぐにでもアメリカに行きたい衝動に駆られたが、しばしの葛藤のうち諦めた。僕にはまだメキシコで行かなければいけない場所がたくさんあるのだ。

 

バスターミナルの建物から出ると、目の前に町の中心部へ向かうローカルのバス停があった。

 

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サンミゲル・デ・アジェンデは坂の中腹にある町だった。黄色や朱色に近い赤で塗られた建物の壁面は、同じコロニアル様式のグアナファトの色よりも柔らかく感じられた。サンミゲル・デ・アジェンデで使われている塗料は、グアナファトと違って、自然のものに限られていると人から聞いた。

 

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町の中心であるソカロから、東に向かってさらに坂が急になっている。宿はその急な坂の途中にあった。路面の石舗装はゴツゴツしていて、旧き日の面影と町の温かみを感じさせる一方、だいぶ歩きにくかった。砂まみれになったビートルが往来を走っていた。宿の入り口をくぐると、まず中庭に出る。中庭から階段で二階に登ってから建物に入り直す。

 

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2. 世界は僕を泣かせた

 

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スペイン語で「展望台」を意味するミラドールへ向かうには更に坂を登る必要があった。まずは東方向に坂を登りきり、そこから南側へ歩いて視界がひらけている場所までまた少し登る。

 

坂を登っている途中でふと坂下側の景色を見る。

 

それは、突然のことだった。

身体中に鳥肌が走った。

僕は気がつくと、涙を流していた。

 

どこまでも続く平原。広がる湖。町の全景。大地に屹立する教会の姿。

僕はその時、自分がなんで泣いているのかわからなかった。何かが僕の一番深い部分まで到達したのだ。それは頭で理解できるものではなかった。

でもきっと、その光景に潜んでいたのは、人間の強さであり、そして人間の無力さだったのだ。

 

その頃の僕は、正直なところ旅に慣れ始めていた。美しい景色を見ても、それよりも美しい景色を知っている。どれだけのピンチに陥っても対処方を知っている。もう初めて旅に出た時のような高揚感や、未知を切り拓いていくゾクゾク感は失われていた。

そんな僕のことを世界が嘲笑っているかのようだった。「お前の想像力が及びもしないものが、この世にはまだあるのだ」と。

 

心の中で、僕は何者かに向かって「ありがとうございます」と呟いた。

 

 

 

3. アトトニルコ

宿の部屋に帰ると、日本人のお姉さんがいた。世界一周航空券で世界一周するつもりだったのに、序盤に訪れたメキシコに惚れ込んでしまい、一度ヨーロッパに渡ったものの世界一周航空券を破り捨て、メキシコに帰ってきてしまったのだという。結局予定していた12ヵ月の旅期間中、約10ヵ月をメキシコで滞在し、もうそろそろ旅を終えるのだということだった。

 

その選択をしたくなる気持ちもわかるほど、僕もメキシコに不思議な魅力を感じていた。

 

つい先日まで、もっとメキシコの南の方にあるオアハカという町の日本人宿でお手伝いをしていたのだという。それは僕が次に行く予定の町だった。

 

 

翌日お姉さんと一緒にアトトニルコという、バスで30分くらいの場所へ観光に行った。自分では「スペイン語は喋れない」と言いながら、スペイン語で現地の人と会話してくれるお姉さんの存在はありがたかった。

 

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アトトニルコ

 

アトトニルコはサンミゲル・デ・アジェンデの街並みと抱き合わせで世界遺産に登録されている教会がある小さな町だった。バス停から教会までは、露店が出ているが、どことなく西部開拓時代の場末感が漂っていた。

 

教会の外部は真っ白に塗られていて可愛げだが、内部の装飾は緻密で、荘厳な雰囲気を醸造していた。もしかしたらこのような装飾の華やかさはカトリックだからなのかもしれない。(宗教に関する無知が露呈する。何故ならば僕は今までカトリック系の教会をいくつも見ているはずだからだ。でもやっぱりヨーロッパとメキシコでは意匠が違う気がする。)

 

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その日の午後に、4時間かけてメキシコシティへ戻り、さらにそのまま夜行バスに乗ってオアハカに向かった。

オアハカは前から知り合いの旅人にオススメされていたから楽しみだった。しかし、僕が旅に出る直前、こんなニュースが流れていた。

 

"The mayor of a town in the Mexican state of Oaxaca was killed less than two hours after taking office"

筆者訳:メキシコ・オアハカ州にある町の市長、就任2時間以内に殺害される

 

 

〈あとがき〉

やっぱり休学を終えると、ブログを書く時間だって結構とるの難しいですね。

時間を失っているのは明らかな一方で、裏では何かを創作するエネルギーも奪われている気がしてちょっと怖いです。

メキシコ州市長殺害の件の記事を貼っておきます。

パッと検索した限りCNNの記事しか見つかりませんでした。その時は日本でも結構報道されていたように思うんですけど。

さてオアハカの治安やいかに。

 

edition.cnn.com

 

        

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