悩める東大生の休学タビ記録

人生に悩んだ東大生が、休学して世界中を旅した経験を綴ったエッセイブログ。

「伝染する熱量の揺れ」ハバナ③|中南米旅エッセイ14

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彼が担当するメロディに入る。ソロパートだ。静かな緊張と、若さゆえの自信から、息は僅かに震えているように聞こえる。でも力強い。高音も安定している。むしろその僅かな震えが、フロアの空気を揺らしている。そして空気の振動が、観客の内部を揺らし始める。どよめきが感嘆に変わっていく。キレイだ。僕には、彼が遊んでいるように見えた。誰よりも楽しんでいるのだ。

 

 

 

 

<前回の記事>

キューバ最古の町バラコアは、キューバのほぼ東端にある。そこから客引きに騙されて、人々から差別的な視線を向けられながらも、一晩かけてなんとか西端のハバナまで帰ってくることができた。

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1. パタゴニアの誘い

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大型コレクティーボは、朝の8時にハバナに着いた。心身ともに疲弊し切った僕は、宿探しをする気力もなく、結局キューバ初日に泊まったシオマラ家へと向かった。

 

シオマラ家では、それまでハバナやトリニダで会った旅人、あるいはメキシコで出会った旅人と再会することができた。少しほっとした僕は、シャワーを浴びてから2時間ほど眠った。

 

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昼前に目を覚ますと、外へ食事をしに出た。「勇敢的地球」と看板の出ているピザ屋で、ハンバーガーを食べた。それから観光客向けの葉巻ショップに行って、銘柄の違いなどわからないまま、名前が可愛いかっただけの理由で「Romeo y Juliette」(ロミオとジュリエット)なる葉巻を一本買う。7.5cucした。宿に帰ると、少し年上のお兄さんが葉巻を吸っていて、吸い方を教えてもらった。葉巻の煙は肺に入れてはいけないらしい。「葉巻を肺に入れると死ぬぞ」と優しく教えてくれた。国民向けの人民葉巻を1本分けてもらった。1本1cupらしいので、「ロミオとジュリエット」の1/180の値段だった。

 

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Romeo y Juliette



 

その夜から、喉が締め付けられるように痛んだ。煙草を吸い慣れていない僕は、葉巻の強い煙に喉を焼かれていた。喉を消毒するべく、ビールを飲んだ。早稲田を出た頭の良さそうなお姉さんと会話した。つくづく人生は色々だなと思った。

 

お姉さんからは、パタゴニアの話を聞いた。スポーツブランドのパタゴニアのロゴは、チリとアルゼンチンにまたがるパタゴニア地方にあるフィッツロイという山を象っている。休学最初の旅で、パタゴニア地方の噂は聞いていた。とにかくめちゃめちゃ良いらしい。その時は、あまりに良いので、事前に写真を見ずに現地で実物を直接見た方がいいと言われた。その時は、まさかそんな南米の端に行くことはあるまいと思っていた。しかし今、パタゴニアは目の前にあった。チリまで入国すれば、LCCで安くパタゴニアまで行けると教えてもらったのだ。

 

パタゴニア。僕は、自分の旅のゴール地点が決まったのを悟った。

 

 

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パタゴニアHPより(https://www.patagonia.jp/product/ms-l/s-p-6-logo-responsibili-tee/38518.html?dwvar_38518_color=PTPL&cgid=mens-t-shirts-logo-t

 

 

2. 伝染する熱量の揺れ

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次の日は朝から観光とも言えない観光をした。オビスポ通りの東端から少し南、三角の街区にあるCADECA(Casa de Cambioの略で両替所の意)で、チェゲバラがデザインされたピン札を手に入れた。海沿いを歩き、釣りをしているお兄さんを眺め、満面の笑みのお姉さんに写真を撮ってくれとせがまれ、投げ銭目当ての半詐欺バスカーの演奏を無理やり聞かされた。

 

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撮影許可とりました

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午後はバスに乗って、革命広場へ行き、ここでは観光客にシャッターのお願いを次々され(一眼を持ってたからだと思う)、そのまま新市街を歩く。ハバナ大学の構内を散策し、それから旧市街に向かって歩き始めた。新市街は、格子状にキレイに街路がひかれていた。生ゴミの匂いが時折漂っている旧市街と対照的だった。革命の時の功労者から順に家を選べたらしい。新市街を歩く人からは心なしか余裕も感じられ、一度も"Chino!"と声をかけられることはなかった。北朝鮮の大使館らしきものがあった。なるほど社会主義国だからかと独りごちた。

 

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ハバナ大入り口から

 

夜になって、僕を含めて宿泊者4人でジャズバーに行くことにした。そのうちの1人は、コウキ君(仮)と言って、20歳の男の子で都内のある大学に通っていた。コウキ君は初めての海外にしてキューバに来たらしい。なかなか攻めてるなと思ったら、彼は大学では音楽サークルを3つ掛け持ちしているくらいの音楽好きで、キューバの本場の音楽をどうしても聴きたかったのだという。僕たちは、1962年のチェコ製タクシーに乗り込み、新市街の方にあるジャズバーへ向かった。

 

ジャズバーは、地下にあって、フロアの隅っこにステージが用意されている。カウンターでアルコールを注文し、それを持って丸テーブルについた。コウキ君は、偶然今日の出演バンドのCDを持っているらしく、生演奏が聴けると知って有頂天になっていた。

音楽に疎い僕に、コウキ君が時々解説してくれた。ジャズはテーマのメロディが決まっていて、それ以外は基本的に即興。ただし、こうした小さいジャズバーとかだとほとんどの旋律を決めてしまうらしい。しかし、そう知っても、まるで魅せるリフティングのような音の自由さに呼応して、僕の身体は勝手にリズムを取り始める。

 

自由さは、音だけではなかった。一つの曲の区切りで、突然ステージに飛び込み客が上がった。それは日本人の青年だった。隣でコウキ君が「嘘でしょ…」と呟いた。それはコウキ君のサークルの先輩だった。全くの偶然だった。彼はサックスを持って、舞台の中央に堂々と立ちすくみ、メンバーに目配せをする。始まる音楽、叩かれるリズム、呆気に取られる観客。

 

彼が担当するメロディに入る。ソロパートだ。静かな緊張と、若さゆえの自信から、息は僅かに震えているように聞こえる。でも力強い。高音も安定している。むしろその僅かな震えが、フロアの空気を揺らしている。そして空気の振動が、観客の内部を揺らし始める。どよめきが感嘆に変わっていく。キレイだ。僕には、彼が遊んでいるように見えた。誰よりも楽しんでいるのだ。

 

フロアからは、ステンディングオベーションが起こった。

 



 

彼は、サックスを一本持って、単身キューバの舞台に上がり込んだ。しかも飛び込みで、交渉して。おそらく、スペイン語が堪能なわけでもないだろう。いや、彼に言葉は関係なかったのだ。じゃあ何が関係あったのか。

一体僕の中に、単身海外に乗り込めるくらいの熱量はあるだろうか。一体僕の中に、常識を打ち破れるだけの気概はあるだろうか。一体僕の中に、あの自由はあるだろうか。

  

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3. タコ

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キューバを立つ朝、ベランダから往来を見下ろしていると、隣の家のベランダで何やら儀式を行っていた。白い衣装を着て、ニワトリを生贄にしていた。地元の信仰のようだった。

 

 

P12のバスに乗って、空港のバスターミナル2に着く。ここから目当てのターミナルに行くまでのシャトルバスを待つが、いつくるかわからない。しばらくすると中国人の女性が1人話しかけてきた。多分3つくらい歳上だと思う。黒いカーディガンと麦わら帽子。「一緒にタクシーで行きましょうよ」と提案されるも、現金を使い切った僕は一銭も払えない。完全に奢られる形でタクシーに乗った。

 

「私、NYに留学しているの。日本人も友達にいるわ。」と彼女がいい、僕が名前を聞く。「日本人の友人からは『タコ』と呼ばれているわ。何やら、『タコ』に顔が似ているからって」と言った。それって悪口なんじゃ…と思ったが、黙っていた。

 

次の目的地は、ペルーだ。

 

 

 

あとがき

今も世界のどこかで、自分と同じような年齢の誰かが、あるいは自分よりももっと歳下の誰かが、自分の能力と真正面から向き合っているのかもしれない。井の中の蛙になってる場合ではない。

ところで、大海を目指そうというバイタリティはどこから生まれてくるのか。本当に時たまそういうバイタリティを持った人と出会う。そういう人たちと出会うと、その源泉はきっと、単なる体力でも、地道な作業に耐えられる勤勉さでもないのだと思わされる。