悩める東大生の休学タビ記録

就活に悩んだ東大生が、休学して一人旅に出る。そんな旅の記録。

「誰も僕を知らない場所で」ペナン|東南アジア旅エッセイ⑫

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僕は世界の隅っこにいる気分になった。僕がテロッバハンにいることなんてこの世の誰も知らないだろうし、そもそも興味もないだろう。誰も僕を知らない場所で、僕は一人自分を見つめ続ける。

 

 

 《前回の記事》

spinningtop.hatenablog.com

 

 

誰も僕を知らない場所で

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小さな小さなタオ島からスラタニまでのナイトボートは、想像していたのと違って奴隷船みたいだった。

ちょうど人一人収まるくらいの大きさの布団が船内に敷き詰められている。隣の女性に気を遣って、僕は女性に背を向けて横になった。

 

朝の五時の起床とほぼ同時に大陸側の町スラタニに到着した。友人曰く、かなり揺れたらしい。僕は結構ぐっすり寝れたけれど。

 

そこから僕らはバンに乗って、マレーシアとの国境の町ハジャイに向かった。彼はそのままクアラルンプールへ行って帰国、僕はペナン島にいく予定だったから、ハジャイに着いてから別々の車に別れることになった。

 

マレーシアに入るとミニバンは高速道路を走った。今までに経験して来た東南アジアの国々と比べて道路の整備がやたらに綺麗だった。日本の高速道路と全く遜色ない。ふと携帯の画面を見ると、アナログの腕時計と1時間のズレが生じていた。タイとマレーシアの間に時差があるとは知らなかった。そもそもマレーシアやシンガポールよりも東に位置するベトナムは日本に対してマイナス2時間の時差なのに、マレーシアはマイナス1時間になっていて、どうもおかしい。後から調べるに、マレーシアは大陸側だけでなくボルネオ島があるということが関係しているらしい。香港などと合わせることによる経済性みたいな話もあるが、よくわからない。

 

いつの間にか1時間先の未来にタイムスリップしたのはいいが、宿のチェックイン時刻に間に合うだろうか。

 

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17:30頃にペナン島ジョージタウンに着いた。結局のところチェックインにはギリギリ間に合った。

 

ジョージタウンはマレーシアと中国とインドの文化が入り混じった不思議な町だ。また洋風建築も混じっている。ある程度地域によって住み分けみたいなものはあるが、それでもその魅力を一言で表すなら「カオス」である。そして街全体が世界遺産に登録されている。

コムタという高層ビルがあって、町の至るところからそれを見ることができる。ウォールアートが盛んで、あちこちの壁に絵の具で書かれた絵があり、中には人形や自転車を壁に半分埋め込んで半立体的になっているものもある。

 

またそれまでの国と明らかに違うのは、イスラムのモスクがあることだった。マレーシアの国教がイスラム教なのだ。イスラム法による同性愛者への鞭打ち刑などが時々問題になっているように思う。

 

様々な文化が入り混じっているペナン島には様々な食文化があり、ロックロックと呼ばれるセルフおでんの屋台に行ったり、薄味のラーメンみたいなものを食べたり、インド料理のサモサを食べたり、ホワイトコーヒーを飲んだり、食のバリエーションには事欠かなかった。

 

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ある日僕はバスに乗って終点である島の反対側まで行ってみたくなった。そこに何があるのかは全く知らなかったが、何もないなら何もないでそれでいい。

 

コムタの足元にあるバスターミナルからバスは出発した。運賃はお釣りが返ってこない方式だから、幾分多めに払う必要があった。

 

ペナン島は縦約20キロ横約15キロくらいの歪な長方形をしているから、島の中にはジョージタウン以外にもいくつかの町がある。そのいくつかの町でいろんな人種や宗教の人が乗り降りした。バス内には禁煙や飲食禁止を示すアイコンと並んで、〈ドリアン持ち込み禁止〉のアイコンがあった。ちょうど中学校か何かの下校時刻にあたり、多くの子供達が帰途に着いている最中だった。ムスリムなのだろう、スカーフを頭に巻いた14歳くらいの女の子が、地元のやんちゃ坊主みたいな少年に、若干の恥じらいを伴う素敵な笑顔を向けてから下車していった。

 

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あんまり覚えていないけれど、多分一時間くらいして、バスは終点の町テロッバハンに着いた。僕はentopiaという蝶園の前で降りた。バスの乗客は僕含めて3人になっていた。

 

テロッバハンはその蝶園(入場料が高すぎて入らなかった)とちょっとしたプール施設、それから広大な国立公園の入り口がある小さな港町だった。日が傾きかかっていたので国立公園には入らず、入り口付近でポテトチップスの空き筒を漁る猿を目で追いかけるに止めた。猿は日本で見るものともインドで見たものとも違う顔をしていた。住宅地の中には、魚の生臭さが混じった港町特有の濃い塩の匂いが漂っていた。

 

僕は町の島側の外れにあるダムに登った。テロッバハンの町の向こうには海が広がっていた。

僕は世界の隅っこにいる気分になった。僕がテロッバハンにいることなんてこの世の誰も知らないだろうし、そもそも興味もないだろう。誰も僕を知らない場所で、僕は一人自分を見つめ続ける。それは僕の望んだことだ。そこには確かに自由があったし、だからこその不自由もあった。日本が少し恋しくなった。

 

 

《あとがき》

本当はもう一つお話があったんですけど、ながくなりそうなので二つに分けました。

いつもブログにしてはちょっと長すぎるのかもという気がしています。

 

少し写真をペタペタしておきます。

 

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