悩める東大生の休学タビ記録

人生に悩んだ東大生が、休学して世界中を旅した経験を綴ったエッセイブログ。

「はだか」シポリテ|中南米旅エッセイ5

よし自分も脱ぐか、と思って思い切って水着を脱いだ。

 

f:id:frogma:20190808005417j:plain

 

 

〈前回の記事〉 

spinningtop.hatenablog.com

 

1. シポリテ

f:id:frogma:20190808005456j:plain

 

トヨタハイエースは空いていた。僕は最後尾の一列を独占して、堂々と横になった。眠りに落ちるまで、羊の数を数える代わりに、あいみょんの「愛を伝えたいだとか」の歌詞を頭の中で何度も暗唱した。

愛を伝えたいだとか

臭いことばっか考えて待ってても

だんだんソファーに沈んでくだけ 僕が

明日良い男になるわけでもないからさ 焦らずにいるよ

今日は日が落ちる頃に会えるの?

僕は、ソファーに沈むのに飽き飽きして、良い男になるためのヒントを異国の地に追い求めていたのかもしれない。

 

目的地まであと3時間というあたりで急カーブが続き、僕は何度か席から転げ落ちた。

そして22:30に出たバンは早朝5時にシポリテへと到着した。

 

シポリテは1.5kmほど続くビーチと、ビーチに並行したたった300メートルほどのメインストリートからなるとても小さな町だ。

僕がシポリテにきた理由は二つある。一つは、出来るだけ日本の観光客が行かないマイナーな町でゆっくり過ごしたかったから。そしてもう一つは、年に一度開催されるヌーディストフェスティバルに参加すること。シポリテは実はヌーディストビーチがあることで有名な町である。

 

さて、少し話を戻そう。僕は朝の5時にシポリテに着いたのだ。当然あたりは真っ暗だったが、波の音に誘われてバックパックを背負ったまま僕はビーチへと向かった。波は高くて強く、まるで巨大な岩同士がぶつかっているような音がした。

ビーチに走る野犬に怯えながらも、僕は景色に見惚れた。夜の海は全てを吸い込んでしまいそうなほど暗く、その上に輝く無数の星々はその一つ一つが小さな希望に見えた。

 

結局メインストリートの隅に腰をおろし、陽が昇るのを待った。とても冷えた。

6:30頃に近くのカフェがオープン作業を始めた。店員の若い男が僕に向かってGood morningと陽気に話しかけてきた。「Do you need weed?(大麻欲しいか?)」と爽やかに言ってのけるその表情からは、南国チックな時間の流れが感じられた。

 

8時過ぎになってから宿探しを開始した。

 

2. 第一次警察沙汰

f:id:frogma:20190808005559j:plain

 

結果から話してみようと思う。

不幸なことに、宿はほとんど埋まっていた。幸運なことに、個室が一部屋空いていた。また不幸なことに、これが警察沙汰の元となった。幸運なことに、警察沙汰が現地の人との距離を縮めた。

 

さて、なぜ宿が一杯だったかというと、ヌーディストフェスティバルの影響だ。片っ端から声をかけたが、空いていたのはとあるホテルの個室が一室だけだった。その宿のオーナーは恰幅がよくて、白い口ひげをはやし、優しそうな目をしたおじさんだった。

しかしこの部屋も空いているのは今日限りだった。フェスティバルは翌日から3日間続くが、どうやら参加できるのは明日だけということになりそうだ。

 

250ペソ払って個室に入ると、まずシャワーを浴びて、それから久々の一人の空間を満喫した。シングルベットに大の字に寝転んで、次に起きたのは14時だった。

 

ビーチを散策しようと、宿を出ようとすると、オーナーが僕に声をかけて呼び止めた。

「次のお客さんが来るから、部屋を出てくれ」

何を言っているかわからなかったが、とにかく出ろ、というので、言われるがまま部屋に戻って荷物をまとめ部屋の外に出た。それからオーナーに問い詰めた。

 

話をまとめるとこういうことだ。僕が宿に着いたのは朝の9時だった。オーナーがいうには、9時はチェックイン時刻の前であるから、僕が払った一泊分の代金は今晩分ではなく、昨晩分だというのだ。今晩分はもう満室だという。

つまり僕はたった4時間のベッドのために250ペソも払ったことになるが、僕にも僕で言い分がある。そもそも僕はオーナーと直接交渉したのであって、「今晩泊まれますか?」という質問に彼はYESと答えたのだ。朝の9時に「今晩」と言ったら、それは普通その日の夜だろう。そもそも僕はチェックイン時刻のことなど知らされていない。

 

腹が立ってしまった僕は「流石にそんなの酷い」と文句を言い、口論の末一歩譲って「とにかく部屋がないのは仕方ないし諦めるが、4時間で250ペソは高すぎるし、そもそも最初からお互いの言っていることがすれ違っていたのだから、半額だけ返してくれ」と提案するも、向こうは「お前が悪い」の一点張りである。

もはやオーナーの優しい目はどこかへ行ってしまっていた。

 

まあ今から考えれば、諸々確認しなかった僕が悪いと思うし、「ホテル界の常識はチェックイン時刻がだいたい15時くらいだから、チェックイン時刻について事前に言わなくても、朝9時の時点で『今晩』と言えば昨晩のことだ」という言い分もわからなくもない。それでもその時の僕は相当腹が立ってしまっていて、諦めずに口論を続けた結果、警察を呼ぶことになった。

その時の僕はむしろ「のぞむところだ」と息巻いていた。

 

f:id:frogma:20190808005626j:plain

メインストリート

 

果たして警官は大仰にも3人来た。しかし問題は、誰一人英語が喋れないことである。スペイン語で警官と話をするオーナーに対し、僕はGoogle翻訳とカタコトのスペイン語を駆使しながら言い分を伝えた。圧倒的オーナー有利。

 

僕にとって若干でもありがたかったのは、警察側に一応僕の言い分も聞こうとする態度があったことだ。そして、町から英語を喋れる人を連れてくることになった。しかし連れて来られた人はただの観光客で、英語はわりと下手くそ。その上、僕の言い分を警官に対して翻訳する前に、自分の意見を挟むので、そもそも通訳にならず事態は悪化した。オーナーは勝ち誇った表情で、僕に降伏を求めてくる。

 

ところが事態は一変する。

外出していた宿のオーナーの奥さんが帰ってきたのだ。自分の宿に警官が何人もいる光景を見て、彼女は目を丸くした。

彼女は夫であるオーナーにスペイン語で何かを話した。ものの30秒ほどだった。

オーナーは僕に対する態度を変えた。態度は一気に柔和になり、全額の返金を申し出た。さらに、普段は貸していない部屋を今晩僕に無料で貸してくれるという。警官も通訳の男も満足そうに帰っていった。

「いやいや部屋を貸してくれるなら、お金は払う」と言うが、もう頑なに受け取ろうとしなかった。「I am...How to say...stubborn!」と豪快に笑って見せるオーナーだった。

 

オーナーの奥さんは僕にとても優しく、オーナーも優しくなった。コーヒーを淹れてくれたり、奥さん自家製のメスカル(このメスカルがメキシコで飲んだ中で一番美味しかった)を飲ませてくれた。

奥さんが何を言ったのかは知らないが、女は強い、という結論になるのだろうか。

 

 

 

3. はだか

f:id:frogma:20190808005713j:plain

 

ビーチに出る。聞いていた話では、ヌーディストエリアはビーチの端っこだけのはずだったが、フェスティバル前日だったからか、そんなことは御構い無しにそこら中で全裸になっている人たちがいた。

おじさんもおばさんももちろんいる。が、どうしても健全な青少年としては若いお姉さんに目がいってしまう。浜辺を全裸でランニングするお姉さんは、揺れていた。波打ち際で全裸のままイチャつきあうカップルは、あれはもうアウトではないだろうか。

 

よし自分も脱ぐか、と思って思い切って水着を脱いだ。

想像よりは大したことはなかった。慣れれば銭湯に入っているのとあまり変わらない。イチャつくカップルの姿が、なんだかだんだんアダムとイヴみたいに見えてきて、裸で生きることこそ人間のナチュラルな姿なのかもしれないとちょっと本気で考え込んでしまった。

 

通りがかりのおじさん(全裸)が、僕に向かって親指を立ててgoodサインをした。

 

f:id:frogma:20190808005745j:plain



 

翌朝、「思いっきり脱いでこい」と言わんばかりの強気でオーナーにフェスティバルへと送り出された僕は、フェスティバル第一のプログラム「ヌードヨガ」に出場した。フェスティバルでは、この他にヌードバレーボール、ヌードボディペイント、ヌード障害物競走、ヌードマリンツアー、ヌードブレックファスト、ヌードランチなどが待ち構えている。時間的に僕が参加できるのはヨガとボディペイントだけだった。

 

ヨガの参加者はざっと数えたところ120人はいそうだった。アジア人の参加者は僕だけだ。男女比は6:4から7:3といったところだ。

足を開いたり、四つん這いになったり、胸を張ったりするヨガである。白状すると、僕は下半身に血が溜まらないようにするので大変だった。ある意味、精神コントロールが求められるヨガだった。僕は危なくなると、隣にいた父子を見ることにした。そうすると、家族の平和な感じが興奮を落ち着かせてくれる。おばあちゃんの姿を想像するよりよっぽど効果があることは、僕が保証する。

 

この時おそらく一生分の女の人の裸を見た気がするのに、なかなかどうして欲望は尽きないのだろうかと、ため息を尽きたくなることもなくはない。

 

意外にも僕みたいな似非ヌーディストは他にもいて、僕が話したメキシコ人の女性も人前で裸になるのは初めてだと言っていた。ちなみにこの会話も全裸同士で行われている。

 

f:id:frogma:20190808005810j:plain

 

お昼過ぎのボディペイントで、身体全体に大きなトンボの絵を描いてもらった。僕よりも背が高くスタイルの良いお姉さんとツーショットを撮った(もちろん全裸で)が、その頃には流石に僕ももう慣れ始めていた。フェスティバルのスタッフも、ボディペイントをしてくれる絵師の人たちもみんな裸である。スタッフは全裸に黄色い帽子を被っていたりして、なんだか滑稽な感じがする。

 

18時30分頃からパレードに参加する。パレードはビーチではなく、町中と隣町へ続く道路で行われるため、服を着なくてはならない。しかし、女性のトップは着用しなくても良いことになっていた。

宿の前を通りかかった時、オーナーが大きく手を振って僕に笑いかけていた。運動会を見に来てくれたお父さんみたいで、なんだか誇らしかった。大きく手を振り返した後、ガッツポーズをしてみせた。

 

 

今晩の宿がないために、夜のうちに次の街へと向かう必要があった僕は、パレードを途中で抜け出して、パレードで混雑している道路を迂回するため脇道からビーチに出た。

 

突然思い立って、僕はもう一回水着を脱いだ。夜のビーチ。波の音。星の光。

風が肌を撫でる。全身で地球を感じた。

さて、約1キロメートル。

よーい。ドン。

僕ははだかのまま走り出した。

 

僕はその時、間違いなく生きていた。

 

 

〈あとがき〉

僕は去年一年間、ずっと「はだか」だったのかもしれません。

日本に帰ってきて、流石に何か服を着る必要性を感じているけれど、一度何かを身に纏ってしまうと、脱ぐのは難しいということを忘れてはいけないような気がします。

 

ところで帰り際に、僕はオーナーに

「I am more stubborn than you」

と言いながら、チップとして部屋代を払って行きました。

 

 

 次の記事はこちら↓

spinningtop.hatenablog.com