悩める東大生の休学タビ記録

人生に悩んだ東大生が、休学して世界中を旅した経験を綴ったエッセイブログ。

「恋・ドストエフスキー・盗難未遂」パレンケ|中南米旅エッセイ7

 

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「その目は、その目はまるで…」と、心が呟いていた。そして次の瞬間、僕はその言葉の後に何が続くのかを悟った。自分が何を考えているのかわかってしまった。僕は全身の力を抜き、再び席に座った。彼女のことを引き止めるのはやめた。

 

 

 

 

〈前回の記事〉  

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1. パレンケ・恋・ドストエフスキー

パレンケは、ジャングルに埋もれたマヤ文明の遺跡が近くにある、2.5km四方くらいの小さな町である。ここまで来ると、グアテマラがすぐそこだ。

 

サンクリストバルデラスカサスからは直線距離で100kmほどしかないのだが、なんでも最短ルートは最近山賊が出るとかで、夜行バスはだいぶ大回りのルートをとる。22:30にサンクリを出発したバスは翌日朝の8時前にパレンケのバスターミナルに到着した。

 

メキシコシティカンクンなどの主要な観光地からの交通の便はあまりよくないものの、さすが観光地だけあってバスターミナルの建物は小綺麗だった。荷物預かり所にバックパックを預け、外に出ると、待ってましたと言わんばかりに遺跡行きコレクティーボの客引きが声をかけてくる。

 

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遺跡を観光して、昼過ぎにバスターミナルに戻ってきた。

その日は町に宿泊せず、そのまま夜10時のバスで次の町トゥルムまで行こうと思っていたから、夜まで時間を潰す必要があった。パレンケの町には特に見るべきものは何もなかったから、バスターミナル近くの食堂でグリンガと呼ばれるメキシコ料理を食べた後、バスターミナルの待合所に帰ってきて、ドストエフスキーの『罪と罰』を読むことにした。

 

個人的には『カラマーゾフの兄弟』よりも面白いと思った。話がコンパクトにまとまっていて、かつ、物語のあちこちに不吉な緊張感が散りばめられているせいで、読んでいて退屈しないからだ。

 

しばらくそうしていると、目の前に座っていたメキシコ人のお姉さんが、唐突に僕の本を取り上げて、異国の文字を興味深そうに眺め始めた。雑な手つきで数頁めくると、もう飽きてしまったのか本を僕に返してくれた。お姉さんはそのまま席を立ち、インテリジェントな笑顔を残してバスの乗り場へと向かっていった。

 

それをきっかけになんとなく外に出たくなって、バスターミナルから真っ直ぐに伸びるメインストリートを、10分ほど歩いて突き当たったところにあるソカロまで行くと、ソカロに面したカフェのテラス席に座り、レモネードを頼んだ。僕はまた『罪と罰』の続きを読み始めた。

 

 

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夕方頃になって突然、気の弱そうな細身の青年が話しかけてきた。制服を着ていたから、どうやら地元の高校生らしかった。スペイン語だったので言葉はわからなかったが、言わんとしたことは伝わった。彼は5mくらい離れたベンチに座っている女の子2人組の方を指差した。「彼女が君と話したいって」。

その2人も同じ制服を着ていた。そのうちの1人の女の子が、僕のことを気に入ったようだった。しかもどうやら単にアジア人に興味があるといった風ではなかった。明らかに女の子の目をしていたからだ。もちろん僕だって「なんで?」と思ったが、ここはとりあえずそういうことにしておいてもらいたい。

 

僕は男の子に「でもスペイン語が喋れないんだ」と伝えた。しかし男の子はそれをどう解釈したのか(おそらく英語は伝わっていないはずだ)、女の子の方に帰って行った。その様子を見ていると、どうやら男の子は彼女たちに「ダメだって」と伝えたらしかった。というのも、一瞬にして女の子がすごく残念そうな顔をしたからだ。もしかしたら、彼は彼女のことが好きだったのかもしれない。

 

彼女たちは立ち上がり、僕に背を向けてソカロを離れていった。途中で、その女の子だけが僕の方を振り返った。その潤んだ瞳の中では、悲しみと諦めがぐちゃぐちゃになっていた。僕はその目に見覚えがあった。彼女のことを引き止めたくなって、僕は思わず立ち上がった。

「その目は、その目はまるで…」と、心が呟いていた。そして次の瞬間、僕はその言葉の後に何が続くのかを悟った。自分が何を考えているのかわかってしまった。僕は全身の力を抜き、再び席に座った。彼女のことを引き止めるのはやめた。

その目はまるで、僕自身の過去みたいだった。

 

休学最後の旅は、ラストスパートをかけるように、一気に僕の心を丸裸にしようとしていた。

夕暮れどきになって、近くの木に大量の鳥が群がりはじめ、コウモリの群勢のようにキーキー鳴き始めた。チップ目当ての大道芸人が伝統らしき音楽を奏でていた。そんな何もかもが騒々しかった。静かにして欲しかった。僕のことを放っておいて欲しかった。

 

その時僕のことを理解してくれたのは、19世紀ロシアの偉大な文豪ただ1人だけだった。

 

 

 

2. 盗難未遂

トゥルム行き夜行バスの僕の席は窓際で、通路側の席には誰も座っていなかった。後ろの席にはフランス人の夫婦が座っていて、前の席にも誰か座っていたが、顔を見ることはできなかった。斜め前の席には誰も座っていなかった。これは後々とても重要な情報になってくる。

 

 

ネックピローを買ったこともあり、隣に誰もいなくて隣の席のスペースにまで足を伸ばせたこともあり、僕は比較的ぐっすりと眠っていた。自分のリュックは、盗まれないように頭上の棚ではなく、自分の足元に置いていた。

ぐっすりといっても、流石に睡眠環境はそんなによくないので、度々目を覚ましてしまう。

 

一度目に目を覚ました時、斜め前の席に男の人が座っていて、リクライニングをギリギリまで倒していた。

 

二度目に目を覚ました時、斜め前には誰も座っていなかった。斜め前の席の方に伸ばしていた自分の足が何かに当たった。前の席の人の荷物を蹴っちゃったかなと思って、足を引っ込めたが、それは僕のリュックだった。急ブレーキかなんかでそこまで滑っていってしまったのだろうか。

リュックを自分の方に引き寄せようとした。しかし僕のリュックは斜め前の席の下の空間にきつくハマってしまっていて、力一杯引っ張らないと取れなかった。たかが急ブレーキくらいで、足元のリュックが斜め前の席の下にここまで強くハマってしまうことがあるだろうかと訝るも、特に中身にも問題はなかったので、再び眠りに落ちた。

 

 

事件が発覚したのは早朝の3-4時ごろだった。僕はまた目を覚ました。

当然外はまだ真っ暗だったが、バスはどこかの町のバスターミナルに停車していて車内灯が薄っすらと点いていた。しかし車内の明るさで目覚めたのでなかった。5席くらい前の席に座っていた女の子が突然叫び始めたのだ。

 

後ろのフランス人夫婦が様子を聞きにいったところによると、女の子のリュックはそのままで、中身だけが綺麗に全部抜き取られていたらしい。つまりは盗難が発生したのだ。

しかし、さらに追い打ちをかける事態が起こる。なんと、そのフランス人夫婦の荷物の中身も全て盗まれていたことが発覚したのだ。夫婦は2人がけの席に2人で座っていたし、荷物も2人の足元に置いていた。盗みようがない。しかも、中身だけが綺麗に盗まれているのだ。

 

当然車内は騒然とし始めた。そのうち、車内をいろんな噂が飛び交いはじめた。

車内の空席を転々としていた怪しい男の存在が指摘された。その話を聞いて、僕にも心当たりがあった。一度目に目を覚ました時に斜め前に座っていた男だ。

次に、一体犯人はどのように荷物の中身を盗んだのか。残された乗客の推論はこうまとまった。つまり、犯人は寝ている標的の前後の空席に座り、その席の下から手を伸ばして荷物だけを足元から引っ張り出し、中身だけを抜き取ると、バレないように外見だけは元の位置に戻していたのではないか、と。

 

フランス人夫婦の後ろの席は空席だった。犯人はそこに座って、後ろの席の足元から荷物だけを狙ったのだ。あまりに賢かった。

 

そして、ここでもまた僕にも心当たりがあった。僕の荷物が斜め前の席の下に強くハマっていた謎が解けたのだ。おそらく、犯人は僕の荷物も狙っていたに違いなく、斜め前の席から同じ手法で盗難を試みたが、僕のリュックがあまりにパンパンだったので席の下に詰まってしまい、盗むことができなかったのだ。

僕は人生で初めて、パッキングが下手くそな自分を肯定することができた。

 

 

 

 

〈あとがき〉

最近こんな記事を読みました。

kensuu.com

 

要約すると、「ネットでは、自分語りをする前に、読者にとって有益な情報を提供せよ」というところでしょうか。

至極正論だと思います。このブログの記事でもPVが多いのは、ヨーロッパ縦断についてまとめた記事だったり日本人宿の感想だったりします。

 

そう思えば、今回の盗難未遂の記事もストーリーではなく、注意喚起的な記事にすればよかったのだろうと思います。

 

でもよくよく考えれば、僕は第一に、誰かのために記事を書いている訳ではなく、自分自身のために記事を書いているのです。

読者フレンドリーなブログではないかもしれませんが、僕の旅中のナマの姿が、多くの人には届かなくていいから、誰か1人にでも、その人の心の奥底に何かしらの形で届いたら嬉しいなと思います。

 

 

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