悩める東大生の休学タビ記録

就活に悩んだ東大生が、やりたいことをみつけ、休学し海外で一人旅をする。そんな旅の記録。

「タイからラオスへ」ルアンパバーン |東南アジア旅エッセイ③

少し原始を感じる木造高床式の家々と棚田からなる小さな村が時折沿線に現れ、強い郷愁を誘う。子供たちは裸で水浴びをし、家畜の子豚兄弟が道を横断し、路肩の水路には水牛がいた。

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《前回のあらすじ》

ミャンマーとの国境に近いタイの田舎町パーイを、僕は原付で疾走する。

そうして「自由」を感じたのであった。

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1. 先人の培った信頼

 

パーイを出た僕はチェンライという町へ向かった。

チェンライにはホワイトテンプルやブルーテンプルと呼ばれる、ひどく前衛的なお寺がある。

例えばホワイトテンプルは文字通り真っ白である。それだけではない。寺の周りでは木に生首がかかっていたり、地面から無数の手が生えていたりする(地獄を表現しているらしい)。いやいやそれでは終わらない。寺の内部にはドラえもんスパイダーマンなどたくさんのアニメキャラクターが描かれている、と言ったらどれほど前衛的なのか理解していただけるのではないだろうか。

 

さて、そんなチェンライはタイ北東部の町であり、パーイとは反対にラオスの国境に近い。

ラオスに行くためには、ここからトゥクトゥクと呼ばれる中型バイクタクシーなどで自力で国境へ向かうこともできるが、2日に1本ラオスルアンパバーンまで直行バスが出ているのでこれを利用すると楽だ。

ただし直行と言っても18時間かかる。

地図上で距離を見れば、そんなに時間はかからなさそうではないかと思ったが、その理由はバスに乗った後でわかった。

 

 

修学旅行でチャーターするようなバスに乗客はたった6人しかいなかった。

全ての座席に染みがついていることを除けば、わりと清潔感のあるバスだった。

3時間ほどで国境に着いた。ガラガラだった。寂れた高速道路の料金所みたいだ。

他の外国人観光客がビザ申請をしている中、日本人はビザ無しで15日間滞在可能なので、僕だけがそそくさと出国・入国審査を済ませる。

質問はほとんどされない。パスポートを管理官に渡してスタンプを押して貰う。荷物検査も無い。

僕は初めて日本のパスポートの凄まじさを実感した。

実は日本のパスポートはビザ無しで観光できる国の数が世界一多いパスポートなのである。

ビザ申請料の支払いで何かしら揉めているらしい西洋人バックパッカーを尻目に、日本の先人(少々穿った見方をすれば政治的戦略とも言えるが)が培ってきた信頼に感謝した。

 

 

 

2. バスは人生総復習教室

 

タイを抜けてラオスに入ってから先、幹線であるはずの道路はバス2台がすれ違えるギリギリの幅員で、舗装はところどころ壊れ、ガードレールも心もとない(実際ドライバーが少し転寝すれば簡単に落ちるだろうと思う)山道で、バスは亀の歩みで登っていく。

速度は遅くなるし、そもそも山の地形に合わせて道が作られているからルアンパバーンまでだいぶ遠回りする形になっていて、だから18時間もかかるのかと納得した。


少し原始を感じる木造高床式の家々と棚田からなる小さな村が時折沿線に現れ、強い郷愁を誘う。子供たちは裸で水浴びをし、家畜の子豚兄弟が道を横断し、路肩の水路には水牛がいた。

ラオスにいったい何があるというんですか』という村上春樹のエッセイは今回の目的地ラオスルアンパバーンを題材にしたものであるが、それによるとラオスGDP鳥取県の1/3だそうだ。
それも頷けるほどの田舎風景である。

 

ところで一人旅をしていると、いろんな環境や価値観で生きる人と出会い、そして自分の生き方について考える多くの時間がある。(主に長距離バスのことだ)

ラオスの風景を見つめながら、今回も例に漏れず22年の人生の総復習が始まった。
22にもなれば真剣に反省すべき経験が3つか4つはある。

旅に出会うまで僕は、現在および過去の自分の未熟さへの苛立ちと際限なく続く他者との比較の中で、自己嫌悪感と劣等感に苛まれていた。
だから、周りが進学したり資格を取ったり留学行ったり社会に出たりと自分に磨きをかけている中、僕にはそもそも自分の原石の大きさや色を他の石と比較しないで素直に見つめ直す時間が必要だったのだと思う。

インドに初めて一人旅をして帰ってきた時、今まで自分を束縛していた何かから解放されたのを感じた。

そこで暮らす人々と日本での暮らしの生活水準の差を目にした時、他者との比較がバカバカしくなった。そしてまた、一人でインドから生還したという達成感は僕にほんの少しの自信を与えてくれた。

 

日が沈むとバス内は暗くなり、風景も見えなければ本も読めないので、iPhoneにダウンロードしておいた大泉洋&原田知世主演の『しあわせのパン』という映画を見た。

幸せになろうと必死にもがく姿は醜いものではなく、むしろ「美しい」ものなのだということを気づかせてくれたいい映画だった。

泣いて叫んで寂しがって、それでも立ち直って気丈に前へ向いて。そうして僕らは生きている。

エンドロールが終わって顔を上げると、満月が一面の山々を明るく照らしていた。

 

 

 

3. ルアンパバーンへの思い入れ

 

結局、タイのチェンライからのバスは途中謎の場所での休憩も含め約17時間で早朝5時にルアンパバーンへ着いた。

ルアンパバーン。実は僕にとってルアンパバーンは少し特別な意味を持っている。

 

「今までで行った場所の中でオススメは?」

そう旅人に聞くと、旅人特有のステキな言い回しでお気に入りの国や町を説明してくれることがある。
時折その表現が、その場所を僕の心のどこかに引っかける。

 

それまで僕の心に引っかかっていたのは
インドの「バラナシ」
モンテネグロの「コトル」
ラオスの「ルアンパバーン

そしてこれまでに、インドに初一人旅に出て、ヨーロッパ縦断でモンテネグロへ行き、今はラオスルアンパバーン来た。
つまりルアンパバーンは僕の心に引っかかっていた最後の町ということになる。

 

ところで、ラオスの「ルアンパバーン」についての表現はこうだった。
「なんっにも無いんですけど、時間がゆっくり流れるんですよ」

もちろん街中で光速移動するわけでもないから、特殊相対性理論的な意味で本当に時間が遅くなるわけではない。

ルアンパバーンは町全体が世界遺産になっている非常に小さい町で、早朝の托鉢(お坊さんの行列が町を練り歩き、市民から食べ物などを貰う)を見るために早起きすれば、夜市が出るまで、仏教の雰囲気に包まれながら自然ゆっくりした生活を送ることになる。(やることもそんなにないし、そもそも暑くて動きたくないということもある。)
「時間がゆっくり流れる」とは言い得て妙だ。

 

 

ただそんな思い入れがあるなら、実際に行ってみて何か特別なことを感じたかと言われれば、特にそんなことはなかったと言わざるを得ない。

実のところ、タイに入った時点でルアンパバーンさえ行けばもう帰国してもいいかなくらいに思っていたのだが、やっぱりまだ旅を続けてみたくなった。

もう心に引っかかっている場所もない。

どこに行けばいいのかもわからない。

でもとりあえず進む。

あてのない旅、それもまた面白いかもしれない。

 

 

 

あとがき

そろそろ日本旅に出ようかと思うので、しばらく書けないかもしれないです。

次のエッセイでも少しルアンパバーンには触れようかなと思いますけど、それにしても風景描写なさすぎという気もしてます。

 

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おまけ(チェンライの写真)

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