悩める東大生の休学タビ記録

就活に悩んだ東大生が、休学して一人旅に出る。そんな旅の記録。

「自由に許可はいらない」パーイ|東南アジア旅エッセイ②

頭の中でPhillip Phillipsの「Gone, Gone, Gone」が響渡った。

僕は今ひとりでタイの田舎を原付で疾走している。

 

【東南アジア旅エッセイその②】

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《前回のあらすじ》

日本の暖かさに居心地良くなってしまった自分だが、無理やりタイのバンコクに来た。

日本人のお兄さんに会ったのをきっかけに、僕の心はまた前へ向いた。 

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1. 旅人によって作られた町、パーイ。

 

僕は河川敷に置かれたテントの中にいた。

川を流れる水の音と綺麗な虫の歌声に包まれて、僕はひとり、眠りがやって来るのを静かに待っていた。

 

タイに来てから早くも約10日が過ぎていた。

バンコクを出てから、アユタヤ、チェンマイと移動した。

アユタヤでは数匹の犬に囲まれた挙句走って追いかけられ、こちらも命がけで走った。

チェンマイでは宿のテレビでワールドカップの日本対セネガル戦を見ながら、横須賀で4年間軍人をしていたアメリカ人に対して、戦後日本の状況、特にGHQ憲法制定までの流れに関する僕の個人的な考えを話した。彼はアメリカが日本の憲法の草案を作ったことを知らなかった。

 

ところで今回の舞台はタイの田舎町「パーイ」である。

パーイの存在など僕はバンコクでお兄さんに聞くまで知らなかった。

というか旅人しか知らないはずだ。

正直言って、そこには特別見るべき観光資源などないのだ(不謹慎だと思われたくないので言っておくが、日本軍の爪痕である橋がある)。

ただ田舎風景が広がっている。

タイの北西部に位置し、ミャンマーの国境に近い。

タイからミャンマーまで移動しようとする旅人の宿場町として発展して来たらしい。

チェンマイからミニバンで3~4時間ほどの山道を、幾多ものえげつないヘアピンカーブを越えていった先にパーイはある。

とても小さい町で、川沿いにいくつかコテージ風の宿がある。

 

ところで、ホテル予約サイトを見ていて、ドミトリーやシングル、ダブルなどといった部屋の形式に並んで「テント」という文字があるのには驚いた。

そういう訳で河川敷のテントに泊まっていたのである。

 

 

 

 

2. 自由に許可はいらない

 

テントに雨粒が当たる心地よいポツポツ音と、ニワトリの声で目覚めた。

東京では絶対にニワトリの声など聞かない。

 

テント泊はとても心地良かった。

良かったのだが、少し虫が多いしシャワー棟にはヤモリがこれでもかというほどいた。

だから2日目からはコテージのホステルに移ることにした。

 

コテージが2棟連なった形のホステルは少し上流の川沿いにあって、カフェ・バーも併設してあって、何よりルーフトップにある共有スペースからの眺めが良かった。

濁った川の向こう側は畑になっていて、ポツポツ南国チックな樹木が生えている。その奥には山が見える。

 

ところで、フロントのお兄さんに

「この町では原付のレンタルがいい。無免許でも誰も気にしないから。」

と言われたので、町の中心部に行って原付を借りた。

1日100バーツでガソリン代が60バーツに、乗り方講習代が100バーツで全部でも約880円。

講習といっても、お父さんが子供の自転車の練習に付き合っているようなものだ。

おじさんの「じぇんとりー、じぇんとりー」という口癖が耳に残った。

原付は初めてだったが、30分もすれば乗れるようになった。

 

雨はやんだ。

僕は派手な色をした原付で、タイの田舎風景の中へ繰り出した。

一応パーイの外れにはいくつか観光スポットがある(イマイチではあったが)。

ランドスプリットという地面が裂けている場所を見た。

滝壺では西洋人が泳いでいた。

田んぼの上を移動するために作られた(?)バンブーブリッジは中々良かった。

パーイキャニオンに着いた時少しの間だけ雨が降った。

日本軍が戦時中にパーイで生活する人々に過酷な環境の下で作らせたという橋を見た。

東洋人の女の子たちが橋の上でモデルポーズをして写真を撮る中、僕は掲示の文字を読む。隣にいた白人のおばちゃんがjapaneseという文字を見つけて僕の顔をチラ見した気がした。

温泉があると聞いたのだが、入場料が高すぎて諦めた。

完全に見世物と化した首長族の「村」に考えさせられた。

巨大な白いブッダ像が青空に映えていた。

 

ただ僕はそんなイマイチスポットを次々目指して原付で走るのがすごく楽しかった。

頭の中でPhillip Phillipsの「Gone, Gone, Gone」が響渡った。

僕は今ひとりでタイの田舎を原付で疾走している。

日本での生活にはそれなりにプレッシャーがある。

でもそのプレッシャーは完全悪ではなく、ある種の正当性を持っていて、完全に気にしないという訳にはいかない。

バイトはクビになりたくないし、家族は仲良しの方が良いし、大学での人間関係は悪くしたくないし、できれば良い成績をとりたいのであって、奴隷労働させられている訳ではない。

でもそれらが正当性を持っていたとしても、それらがプレッシャーであることに変わりはない。

僕ら(そう「僕ら」)に必要なのは、一時的に、「君のためを思って言うんだけど…」とかいう言葉に対して「ちょっと静かにしていてもらえますか」と反抗し、あらゆるプレッシャーから解き放たれて、自分の世界の中で生きる喜びを再確認することなのである。

そしてそれは誰の許可も必要としないのだ。

 

つまりパーイは、僕にその生きる喜びを再確認させてくれた場所の一つであるといことだ。

 

 

3. おまけ「かしこ可愛いオランダ人の女の子」

 

宿の6人部屋には僕と18歳のオランダ人の女の子だけだった。

英語はペラペラで、話を少しすれば聡明さがひしひしと伝わってくる。

けれど同時に可愛さも合わせ持っている。

なぜか僕が会うオランダ人の女の子はみんなそうだ。

一言で言えば「かしこ可愛い」。

どうしたら18でそういったオーラを纏う人間に育つのだろう。

こういう性格をした子は日本にはまずいない。

家庭環境や親の考え方、あるいは教育の方針が違うんだろうな、と思う。

そもそも日本人の女の子は多分ほとんどの場合18歳でひとり海外に行くのを親に許してもらえないだろうし、怖がって行かない子がほとんどだろう。

それが良いとか悪いとか言っているわけではない。単純に「色」の問題だ。

 

2人で話している時に突然服を脱いで着替え始めたのにはびっくりしたが、よくよく考えれば男は普通にやっているし、なるほどこれが男女平等かと思った。でもまあ、ちょっと視線はうろうろした。

 

 

 

あとがき

外国で無免で事故ったりでもしたら、中々厳しいことだと思うので、ちゃんと国際免許取得してくださいね。

東南アジアだと割とちっちゃい子も原付乗ってるので免許に対する意識って低かったりするのかもしれないとも思うけれど、日本で外国人観光客が無免事故起こしたらキレるでしょ?そう言うことです。

 

…え?僕?僕は「自分が無免だった」なんて一言も書いてませんよ、嫌だなあみんな。汗

 

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