番外編エッセイ「コンビニ」
深夜の蛍光灯に照らされた湯気からは、カップ焼きそばの誘惑的な匂いが立ち込めた。
ぼくは午前2時過ぎのコンビニで、独り夜食を食べていた。
*
一年間の休学と冒険の数々を終えたぼくを待っていたのは、就職活動という名の大人の世界への入り口だった。
外資系の就職活動は、大学院進学とほぼ同時にスタートだ。
日系企業だって、選考には影響しないと言いながら、インターンシップを開催する。
ワイシャツを着て、ネクタイを締めて。
前髪が眉毛にかからないように、整髪料できっちり髪型をセットする。
面接官に活発な印象を与えるために、いつもより元気よく声を出す。
嫌ならやらなきゃいい。
…全く、その通りだ。
「お前さ、休学してた時の方がポジティブだったぞ」
先日、友人にこんな言葉を言われた。
これから社会に出て、ぼくは大人になるのだろうか。
大人になったぼくを想像する。
頭のずっと奥の方で、子供のぼくが大人のぼくに微笑みかけている絵が浮かんだ。
*
店内に中国語の会話が響いた。
よく深夜にコンビニに来るぼくは、いつもこの時間に働いている中国人2人と顔見知りになっていた。
彼らはなぜここで働いているのだろう。
日本で働きたくて働いているのだろうか。
それとも日本で働く必要があって働いているのだろうか。
そこにはどんなエピソードがあるのだろうか。
焼きそばを食べ終えて、口の中にはソースの甘さが重く残っていた。
目を閉じた。まぶたの裏側に、今まで旅をしてきた世界中の風景が映し出された。深夜のコンビニから、世界へ飛んだ。
中世ヨーロッパの赤い屋根。
ゆったりとした田舎町から見上げた広い青空。
ジャングルに埋もれた1000年前の遺跡。
陽の光が遠くに感じた水深30メートルの静寂。
砂漠から見た降ってくるような天の川。
朝日に照らされ真っ赤に燃えたあの岩山。
世界を旅したからこそぼくは知っている。
想像を超えたスケールの大きさ。
そして、異国の地で生きていくことの大変さ。
日本のコンビニで働く彼らを想うと、少し前に進めそうな気がした。
ぼくも自分自身の守りたい日常のために、まだまだ頑張らなきゃいけない。そう思った。
壮大な世界はいつでもぼくの側にあった。
子供のぼくが、その場所からぼくに手を振っている。
ぼくは大人になっても、もう決して君のことを忘れはしない。
ぼくは君を見捨てて大人になるんじゃない。
君の上に、大人の部分を積み上げていくんだ。
またしばらくしたら一緒に旅に出よう。
東京の夜の郊外。
立ち上がって伸びをして、帰路についた。