悩める東大生の休学タビ記録

就活に悩んだ東大生が、やりたいことをみつけ、休学し旅をする。そんな旅の記録。

「狭隘で絶望的な檻の中に灯った小さな光」|東南アジア旅エッセイ⑧

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生きるということは、罪深いエゴを背負って立つということだった。死ぬということは、罪から解放される代わりに、自分のエゴも全て強制的に諦めなければならないということだった。僕は彼ら彼女らが僕のことをいつまでも忘れないでいてくれることを願い、彼ら彼女らの幸せを心から願った。

 

 

《前回の記事》

spinningtop.hatenablog.com

 

 

 

 

 

まえがき

「自分探しの旅」という言葉があります。僕は当初この言葉に古めかしい気取った印象を持っていましたが、実際にそのような旅をしてみると、「自分探しの旅」は夕暮れの波打ち際で黄昏るといった瀟洒な類のものではなく、むしろその本質は、自らのカラダにナイフを突き立て肉を削ぎ落とし、そうした末に自分に残る「何か」を追求する行為であるように思われます。この記事はそうして(というか今回に限っては反則技を使って)到達した僕の精神の一部です。それを晒すことは非常に恥ずかしく、正直恐怖しながら文章を書いていますが、一方で書かずにはいられなかった文章なのです。

 

僕はここ数年〈こちら側〉にいました。そして自分が〈こちら側〉に来てしまった理由と向き合わずにいました。それに向き合うことは、ともすれば危険な(カラダにナイフを突き立てる)行為であり、また想像力が欠けた人々に「メンヘラ」の一言で雑に括られることを恐れていたからです。僕はおそらく元々〈あちら側〉の人間であったのに、ある時期を境に〈こちら側〉の門戸を叩いてしまいました。そして僕は〈こちら側〉への通行料として、幾らかの大切なものを失ってしまった気がします。最初は全く意識していなかったけれど、僕が今している「自分探しの旅」は、ナイフを使って僕の中にまだあるはずの「あるもの」を掘り起こし、それを頼りに〈あちら側〉へと戻ろうとする、一つの試みであったのだと思います。(こちら側とあちら側のネーミングについては本来逆である気もしますが、僕がいるのがこちら側、ということにしました)

 

ここでこの記事を読む皆さまに一つお願いがあります。当記事は相当意味不明だと思いますが、多分ある種の「叫び」はある種の比喩を用いてしか表現しえないし、そもそもこれは僕にとって現実的に都合が良いためなのです。したがって、この記事を読んだ後、あるいは読むのをやめた後に、「あの記事は意味不明だった」という感想を抱くことや、僕のことを嫌いになることについては全くもって構いません。しかし、あなたが〈あちら側〉の人間なのか〈こちら側〉の人間なのか(多くの場合それは「クジ引き」で決まるようです)あるいは僕のようにその境目を彷徨っている人間なのかに関わらず、向こう側の領域についてできる限りの想像力を行使し、そうしてお互いがお互いの領域に橋を架けようとする衝動と試みを軽視しないで欲しいと思います。

 

僕らは結局どの領域に属していても、個人個人が他人と比較できない辛さを背負って生きているから、一概にどの領域がいいかなんてことは言えないけれど、だからこそ相手の領域について想像力をもって接する必要があるのではないかと信じます。

もちろん、僕の考えが未熟であったり全くの見当違いである可能性の存在する余地は全面的に認めます。

 

 

 

 

狭隘で絶望的な檻の中に灯った小さな光

トンレサップ川がメコン川と合流するあたりの右岸に、カンボジアの首都プノンペンはある。

 

その時僕はクラブやバーがいくつかある通り沿いの屋台で夕食の炒飯を食べていた。僕は視力が悪かったから、夜になると道行く人の顔が判別できなくなった。でもその瞬間、突然視界がクリアになった。僕はびっくりして、クラブの前に立っている女の人の横顔を、ランドルト環を見るような態度で呆然と眺めた。耳に入ってくる音はくっきりとした実体を持ち始め、一音一音手にとって転がすことができるような気がした。そしてその背後に流れる無音すら聞き取ることができた。肌の表面を撫でる生暖かい風の心地よさを腕に生えている毛の一本一本で感じた。炒飯が美味しかった。

 

そして数分後、今度は逆に触覚を失い始め、乳酸が急速に溜まり始めたかのように手足が重くなった。皮膚の感覚がなくなったことで、処理するべき情報の減った脳みそは高速で回転を始めた。「Are you OK? He is Police.」と声をかけられた。それから僕は誰かに見つめられている気がして、席を立った。ずっと尾行されている気がして、角を曲がるたびに、路上の車の裏に隠れている人影をチラ見した。逃げるのに必死だった。感覚が麻痺して、地面に立っていても足が地面に触れている感覚が無いから、身体が宙に浮いている感じがした。次の瞬間気がつくと、ベランダみたいになっている宿併設のバーに座っていた。僕は一瞬何がなんだかわからなかった。今まで地面に立っていたのに。

 

誰かが「マンゴーシェイクが飲みたいな」と言った。その瞬間僕の口には確かにマンゴーの味が広がった。全てがわかった気がして、僕は声を出して笑った。笑いは止まらなかった。またふと気づいて、腕時計を見ると30分も経過していた。誰かが僕に向かって話しかけていた。僕は時計の針を見つめた。いつまで経っても針は動かなかった。5秒間が無限大に引き伸ばされていた。ただ僕の意識だけが取り残されていた。その誰かは僕に話しかけ続けていた。僕はその6階だか7階だかのベランダから下を覗いた。そしてその誰かに向かって「もし僕がそれをしようとしたら止めてもらえますか」と微笑みかけた。「何言ってるの?」と微笑み返された。それからまた気づいた時には、いつのまにか時間が経過し僕は椅子に座っていた。これからその人が何を言うか、僕が何を言うか僕にはわかっていた。なぜなら、それはすでに一度過去に経験したことだからだった。過去と未来の区別が僕にはつかなくなり始めていた。「どんな気分?」と聞かれて、「タイムマシンに乗っている気分です」と答えた。「あー、なるよね」と言われた。この人は何もかもわかった上でからかっているのだ。未来も過去も、5分前に起きたことと30分前に起きたことの前後関係もわからなくなっていた。

 

気づくとカプセルホテルみたいな半個室状のベッドに横たわっていた。暗闇の中でほんの数秒だけ僕は正気を取り戻した。現実にしがみつこうとして、まず手のひらを見つめ、手の甲にあるホクロを睨みつけた。しかし無情にも時の激流の中に僕の時間感覚は流されていった。しがみつけなかった。そうして次に気がつく時には15分経っていたり、あるいは永遠に時計の針が進まない時空の中に放り込まれていた。僕の意識は激流に溺れながら「俺の時間感覚をこれ以上愚弄するな」と怒り狂っていた。ベッドを覆う個室状の壁を誰かがドンドン、と叩いた。そうして「Killing Field」という声が聞こえてきた。その声をきっかけに、僕の視界は360度全面が徐々にフェードアウトしていき、代わりにその背後から陰鬱な草原が広がってきた。次に気づくと僕はまた個室ベッドの中で腕時計を見つめていた。しかしまた数秒後には僕の時間感覚が正常でなくなることを知っていた。僕は、僕の元いた時間と空間へ二度と帰れないのではないかという恐怖を感じた。もしかしたら今見ている個室ベッド内の景色こそ幻で、実はもうあれから70年経ったのだという可能性もあることに気づき、いつの間にか人生の時間が奪われてしまっているかもしれないという空想に戦慄した。お願いだから、正常な時空に帰してくれ。そう思うのも虚しく、また僕の意識は彼方に流されていった。

 

吐き気を感じていることに気付いた。喉の奥の方から、塊が込み上げてきた。僕はベッドを出てトイレへ走った。しかし身体は正常には動かなかった。まるでコマ撮りの映画のように、僕の体はほんの少しずつしか動かなかった。込み上げて来る塊もミリ単位で動いているのがわかった。頭の中でカチ、カチ、カチ、と秒針の音が鳴り響いた。長い時間をかけて、僕はネズミ色のコンクリートで覆われた殺風景な空間にたどり着いた。そこにあるいくつかの個室トイレのうち一番奥の個室に駆け込んで鍵を閉めた。便座を上げた後、右手の人差し指と中指を喉の奥に突っ込む。僕は床に崩れ落ちた。コンクリートと焦げ茶色の仕切りに囲まれたその暗澹とした空間は、僕にとって牢獄だった。仕切りの木材の塗装が数ミリ剥げ落ちている場所があった。その塗装の剥げ落ちこそ「向こうの世界」への入り口に見えた。隅々まで表面を薄くコーティングされたこの世にできた小さな綻び。僕はその剥げ落ちを広げようと必死に爪を立てた。ガリガリガリガリ塗装を削ろうとした。塗装は全然落ちなかった。僕はその豆粒よりも小さな剥げ落ちを覗いた。向こう側にはぼんやりと青いマントで身を包んだ人間大の奇妙な生物が二人見えた。そしてそこには奇妙な静けさが流れていた。仕切りから目を離して、今いる牢獄を見渡した。叫びたかった。喉の奥から大口を開けて叫びたかった。今いる檻を震撼させて、破壊の限りを尽くしたかった。でもその叫びは音にはならなかった。僕の身体の中でだけ爆音だった。僕の身体はそのガンガンする叫びを内に閉じ込めようと必死に抗った。

 

再び気がつくとベッドに戻っていた。真っ暗な個室の中で、僕は数十分が一瞬になったり数秒間が永遠になったりする、時の気まぐれに翻弄され続けた。時折数秒だけ正気に戻るが、それも一時的にすぎないということを僕は受け入れつつあった。絶望的な永遠の中で、僕は自分が二度ともとの世界に戻れないという事実を受け入れようと努めた。もう僕は元の時空から切り離された存在なのだ。それはつまり、死んでいるのと同じだった。そう思うと、いろんな人の顔が頭に浮かんできた。こんなことなら彼ら彼女らに自分の気持ちを素直に伝えておけば良かったと思った。あるいは最後に一言だけでも会話したかった。くだらない会話でもよかった。また、ああ子供が欲しかったなと思った。でもそれは既に叶うことのないエゴだった。生きるということは、罪深いエゴを背負って立つということだった。死ぬということは、罪から解放される代わりに、自分のエゴも全て強制的に諦めなければならないということだった。僕は彼ら彼女らが僕のことをいつまでも忘れないでいてくれることを願い、彼ら彼女らの幸せを心から願った。仮に僕がその世界にいなくとも。でもそれだけで僕の心の中に小さな、しかし確実に暖かい光が灯った。純粋に他人の幸せを願うということが、その時の僕に許された唯一の行為であり見返りを求める権利は僕にはなかった。でもそれこそが、二つの時空をつなぐ唯一の架け橋であり、無償の愛だった。

 

 

気がつくと夜が明けていた。もう自分は死んだものとみなして、あらゆる日常の物事を諦めた昨夜から一転、当たり前のように5分は5分として流れていた。

 

僕は誰かが僕のことを覚えてくれているかどうか確かめたくなって、僕の元いた時空の中で生きている人にメッセージを送りたくなった。

 

僕らは限られた時間の中で、自分のエゴと無償の愛とのバランスを取りながら生きなければいけない。その狭間で引っ張りだこになって、自分が引きちぎれそうになっても、僕はその両極から逃げられない。それにその両極は同時に成立し得るものなのである。僕は自分の気持ちと正面から向き合って、それからあの小さな暖かみを思い出した。

 

 

 

 

あとがき

褒められたことではないですね。

 

ところで、この出来事をきっかけに、僕は日本に帰ってからある文章を書きました。

それがコレです。

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