悩める東大生の休学タビ記録

就活に悩んだ東大生が、やりたいことをみつけ、休学し旅をする。そんな旅の記録。

【インド編③】デリーからバラナシへ

すこし朦朧とした頭とぼやけた視界に映り込む、電光掲示板の文字。

「Platform13 12562 23:10」

時計を確認すると、23:33だった。

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《前回のあらすじ》

ジャマーマスジットでハザンと出会った僕は、インドに対する恐怖心・警戒心を解き自分の心をわずかに開くことになった。

 

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1.夜行列車の恐るべき遅延


20:40デリー駅発の電車に乗るために駅へ行く。


どのプラットフォームに行くべきなのかを電光掲示板で確認しなければならない。

列車番号12562。


しかし、12562の文字はなかった。

僕は一瞬パニックになった。

インドの駅内アナウンスはヒンディー語しか話されない。

駅舎の地べたは砂っぽいにもかかわらず、人々は座り込み、あるいは寝そべって列車を待っている。プラットフォームはなおひどく、一面に人がひしめいているばかりか、なぜか牛が歩いている。

 


駅舎内をあたふたしていると、この喧騒の雰囲気の中では若干浮いているEXECUTIVE LOUNGEという有料の待合室を見つけた。

インドとはいえ流石に首都の駅だけあって、お金持ちが休める綺麗なスペースが用意してあるようだ。

 


僕はそこの受付の男性に列車番号12562について調べてもらうことにした。


“Two fifteen”


電車はこの時点で6時間15分遅れており、翌日早朝2:15に到着予定だという。

インドでは電車の遅れはよくあることだと聞いていたが、早速1日目から大きく予定を狂わされる。

 


僕は駅舎2階にベンチを見つけて座り込み、睡魔に身を任せた。

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次に目を開けた時、再びハプニングは起こる。すこし朦朧とした頭とぼやけた視界に映り込む、電光掲示板の文字。

「Platform13 12562 23:10」

時計を確認すると、23:33だった。

 


寝過ごした!

僕は荷物を素早く身体にひっかけ、駅内を走った。

心臓の鼓動が近くに聞こえる。

陸橋から13番プラットフォームへと駆け下りる。

 


しかし、電車はそこにはなかった。

僕は呆然と立ちすくんだ。

 


どうしようもなかった僕は電車がもう行ってしまったという恐怖を感じながら、ラウンジへ行って再び調べてもらうことにした。

 


「2:50に時間が変更された」

つまり電光掲示板はミスで、むしろ遅れは伸びていたのだ。

今思えば電光掲示板すら誤表示するというのがいかにもインドらしい。

僕はもう料金を払ってラウンジに入って休憩することにした。

ソファーとコンセントだけがあったが、綺麗な床があり、いつでも情報を聞けるだけで充分だ。

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2:50に13番プラットフォームに向かった。

しかしまたしても電車はそこにいない。

僕は必死に身振り手振りで周りの人に聞いた。

すると、ある男性がこう言った。

“Four!”

 


僕は遅れによってプラットフォームが変更になったのだと思い、4番プラットフォームまで走った

これが中々遠い。

 

 

しかし4番プラットフォームまで来てみると、電車はおろか人すらほとんどいない。

歩いてくるおじさんに再び身振りで聞く。

“Platform 6 or 7!”

 


僕は再び階段を駆け上がり陸橋を走った。

バックパックとサブバッグの重さを感じている余裕などなかった。

しかしまたしてもそこには電車も人もいない。

 


完全に憔悴しきった僕は再びラウンジへ行って、電車がもう行ってしまったのかどうかを聞くことにした。

ラウンジへ向かう途中、4番プラットフォームの前を通ると、最初にFourと言った男性が近づいてきて、こう言った。

“Four hours”

 


4というのはプラットフォームじゃなくて発車時刻のことだったのだ。4時発だと。

 


多少身なりのちゃんとしてそうな人たち数人に確認を取ると、正確には4時発ではなく、4時にアナウンスがあり、そこで初めて時間がわかるという。アナウンスはヒンディー語のみである。

 

 

2.

4時までまだ1時間少しある。

僕は疲れに負け、プラットフォームに腰を下ろした。

先ほど人に聞いて回った時に、なんとか会話をしようとしてくれた男性1人と5,6人の子供たちが話しかけてくる。

子供たちは小学生から中学生くらいの歳だった。

 


20分ほどすると流石に子供達も静かになり始めた。

今は既に早朝3時を回っているのだ。

 


子供たちはおもむろに1リットルほどの容量があるベコベコの缶を取り出し、中から白い粉と葉っぱを取り出した。

白い粉を葉っぱで巻いて食べる。

 


麻薬だ、と思った。

「興味あるか?」と聞かれるが、僕は、いいや、と断った。

それが本当に麻薬の類だったのか、それとも噛みタバコだったのかは未だによくわからない。

 

 

 

3.

列車番号を知っていても、電車にはさまざまな謎の数字がたくさん書かれていて、プラットフォームに来る電車が目的のものかどうかを知るためにもまた身振り手振りを駆使する必要があった。

 


結局電車が来たのは4:30過ぎだった。

予約しておいた席は2等寝台であり、同じコンパートメントには両親と一人の大学生の男の子からなるインド人の家族がいた。

 


典型的なインドの裕福な家庭のように思われた。

子供と父親は英語が喋れた。

息子はElectorical communicationを専攻しており、来月にはアメリカで講演するのだということを父親がとても誇らしげに話してくれる。

当の息子は、優しそうな目をしているが気が弱そうだった。

 

 

ティーティーと呼ばれる車掌さんが切符の確認に来て、切符を渡したところ、どうやら僕の席はアップグレードされたようで1等に入ることになり、家族とは別れた。

1等と2等の違いはコンパートメントに扉があって完全個室になっているかどうかであり、知らない人と同室なのは変わらない。

ただ外観からは想像がつかないほど綺麗だった。

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結局朝着のはずの列車は、13時間以上遅れて夜の11時にバラナシに着いた。

遅れているにもかかわらず車内アナウンス等は行われないため、Googleマップのオフラインダウンロードで常に現在位置を把握しておかないと、降り過ごすことになる。

 


列車を降りると、同じ列車に乗っていたらしいイギリス人カップルに声をかけられた。

彼らは以前にバラナシに来たことがあるという。

僕にとって幸運なことは、彼らとホステルが同じであったことだ。


彼らは僕らの代わりに、キレ気味のリキシャー(トゥクトゥクとも呼ばれるバイクタクシー)のおじさんと交渉をしてくれ、ぎゅうぎゅうに詰めながら僕の分の席を空けてくれた。

 

 

 

       

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